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PLANET-B 雑感

Last updated: 13 February 1999

雑感2

7 February 1999

新聞等の報道により既に御存知の方々も多いかと思いますが、「のぞみ (PLANET-B)」の火星到着は 4 年ほど延期されることになりました。これまでの計画では火星到着が今年 (1999年) 10月の予定となっていましたが、これで 2003年12月ないし 2004年1月にズレ込むこととなりました。なお、宇宙研の公式発表は こちらです。

1998年12月20日、地球を離脱するためのスイングバイがおこなわれましたが、このときエンジンに不具合が発生しました。 一口にスイングバイと言いますが、エンジンを噴射せずに地球や月などの対象天体重力にひたすら身を委ねるタイプのものと、エンジン噴射を伴うものとがあります。 後者を powered swingby と呼称しますが、推力や噴射方向、タイミングなどを精密に制御する必要があることから、前者と比較して技術的難度は遥かに高くなります。 しかも当日の状況はさらに困難であり、管制局から衛星が見えない (非可視) 位置で軌道変更をする必要がありました。 このため衛星上に搭載したプログラムによって、自動的に軌道変更手順を進めなければなりませんでした。 もちろんこれは打上げのずっと前から入念に計画されていたことであり、自動制御時に起こった誤差に対しても、充分に軌道修正ができるだけの体制が整えられていました。

ところがその推力誤差が、余りにも予想を超えていたのでした。 原因は加圧式バルブ系の動作不良と考えられているようですが、ともかく自動制御時の推力が大幅に足りなかったのです。 これが可視中での出来事であれば、何とかできたのかも知れません。 しかし全ては非可視のうちに進行し、管制局が事態を知った時点では既に大きな軌道修正を必要としていました。 軌道修正のためにはエンジンを噴射する必要があるのですが、これには燃料 (推薬) の消費を伴います。 結局軌道の修正には成功したものの、推薬を予定以上に大量消費してしまう結果となりました。 そしてこの大量の推薬消費が、「PLANET-B」の軌道計画を大きく変えざるを得ない原因となったのです。

軌道修正には成功したのですから、そのまま飛翔を続ければ予定通りに火星に到着することが可能でした。 ところが火星周回軌道に衛星を投入するためには、衛星を減速する必要があります。 当然これはエンジンの噴射によって減速するのですが、そこでの推薬消費は非常に大きなものとなります。 実に打上げ時に積載した推薬の半分は、この周回軌道投入に必要なものとして計算されていました。 一方現時点の推薬残量は、当初積載量の約3分の1です。 つまり当初の軌道投入計画にとって必要な量の、6割から7割の燃料しか残っていないことになります。 1998年12月20日、我らが「PLANET-B」は地球離脱を果たしたものの、それと同時に1999年10月到着の解を失ってしまったのです。

私は搭載機器開発に 5 年間を投入し、火星での観測データを間もなく目にすることができるものと、胸を躍らせていました。 それだけに、今回の事態は実に残念です。 正直なところを白状しますと、火星延着の決定を聞いた時には無念で無念で仕方がありませんでした。 しかしここで気力を失ってしまうのは、余りにも愚かなことです。 何はともあれ計測器達は元気に生きていますし、そして2003-2004年火星到着の解も見つけ出されています。 詳細は知りませんが、この解を見つけるに至るまでには、軌道設計グループの方々による凄まじいまでの奮闘があったと伝え聞いています。 一つの衛星がミッションを達成するまでに実に多くの人々の努力が必要であることを、改めて感じずにはいられません。 (やや脇道に逸れますが、名前搭載キャンペーンが 27 万人にもの応募を集めたことを、私はこうした文脈の一環として捉えています。)

地上で宇宙を完全に模擬することは不可能ですから、宇宙関連技術というものは本来的に大きな困難を抱えているものです。 草創期はさて置くとして、宇宙関連プロジェクトは大規模なものであり、それを支えている人や組織は考えている以上に広範に及んでいます。 それだけに一つの不具合や失敗が及ぼす影響は広く大きく、そして逆にプロジェクトに直接携わる人の責任は重いと言えます。 うまく書けませんが、そんなようなことをいろいろと考えさせられる、そんな出来事でした。 痛みを伴う経験ですが、宇宙開発を生業とする者の一人として、正面から受け止めようと思っています。



雑感1

17 July 1998

去る 7 月 4 日未明 (午前 3 時 12 分)、我らが PLANET-B は打ち上げに無事成功し、「のぞみ」と命名されました。現在までのところ衛星本体の正常な稼働が確認されておりますし、また私が把握している範囲ではありますが、各計測機器の方にも特筆するべき不具合は発見されていない模様です。

「のぞみ」の軌道設計では、火星に向けて旅立つのに月や地球の重力を利用して運動エネルギーを獲得するスイングバイが必要です。そのために「のぞみ」は暫くのあいだ地球周回軌道に置かれ、火星に向けて軌道を遷移するのは今年 12 月になります。火星に到着するのは、来年の 10 月中旬。到着後は火星を周回する長楕円軌道に投入され、約 2 年のあいだ最新の科学観測機器によって観測をおこなう予定です。約 2 年というのはちょうど火星が太陽の周りを一周する期間、つまり火星にとっての 1 年に相当します。火星には地球と同様に四季の変化が存在することが知られていますが、「のぞみ」はその火星の四季を一通り見つめることになるでしょう。

ところで私達が開発したプラズマ粒子観測器 (ESA/ISA) についてですが、まず 8 月 5 日に ISA、続いて 8 月 8 日に ESA の高圧電源投入試験をおこないます。これは極めて重要な意義をもつ試験であり、これを通過したときに初めて、我々にとっての成功が確認されると言って良いでしょう。つまり、打ち上げから 1 ヵ月もたってからでないと成功を確認するには至らないというわけですが、これはいたし方のないところです。いまは期待と不安を抱きつつ試験当日を待っているのですが、これはまさに、打ち上げ前と同じような心境であると言えます。


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